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薔薇ことば漁に行ったまま、行方知れずになっていた夫が帰ってきたのは、十年と一カ月後のことであった。 次は、大物をしとめると張り切ってマグロ漁船に同乗させてもらったのだから、1年や2年は帰っては来ぬものと覚悟をしていたのだが、十年も掛かるとは思ってもいなかった。わたしは、彼が死んだのだと思って再婚をしたところだったのだ。 わたしは、もちろん、夫の最後の薔薇ことばを覚えていて(それは『君の愛に死す』と言った)、彼は、それ以上の薔薇ことばを求めて、漁に出かけたのだった。 そして、約束通り、最高の大物をしとめて、彼は帰ってきた。 わたしは、はるばるアラスカ湾から持って帰ってきたその薔薇ことばを最後にいただこうと思ったのだが、妻でなくなった人間に、その最高の薔薇ことばはあげられないと、彼は泣いた。 その代わりに、ずっと以前に地中海で採れたという薔薇ことばをもらった。 それは『君の愛撫を諦める』というものだった。 わたしは、後悔しないように泣いた。 そして、わたしも、夫も、後悔しないようにと、祈った。 (完) [/h2vr]