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東のカーテンを開けると、あたりの家の屋根はみなうっすらと雪が積もっていました。 雲の向こうには朝日があって、その柔らかい光が、屋根の雪をほんのりと照らしています。 雪が、ほんのりと屋根に載っているようすが、ちょうど15年前に、ある男に騙された翌朝と全くと言っていいくらい同じだったので、一瞬、ほんとうに、前日に男に騙されたのかと思ったくらいでした。 ふんわり、ふんわりと漂いながら、雪はゆっくりと、地上に下りてゆきます。ぼんやり眺めていると、何もかも儚く散った、あの朝とぴったり重なりました。 その時です。「それ」はやってきたのです! 牛男。うしおとこ。 ちょうどお向かいの屋根の上に、春色の服を着た牛男が座って、こちらを眺めていたのでした。 わたしは、きっと、Mというお寺で見た、尊星王という小さな仏像の中から、牛男が飛び出してきたのだろうと当たりをつけて、 「トラはどうした?」 と聞きました。尊星王の後光のまわりには、トラが掘られていたからです。 「寝ている」 と、牛男は答えました。 「うそだ!」 と、わたしが突っ込むと、牛男はニンマリ笑って虎の背に乗り、雪の空を駆り出しました。 その姿を見送っていると、牛男は突然振り返り、大声を白銀の空に響かせながら、 「許す!」 と、叫びました。 「うしやろーうっ!」 わたしも叫びました。 牛男は、もう一度、怒号のように「許す!」といななき、走り去ってゆきました。 (完) [/h2vr]