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パラケルスス翁がうちをたずねたのは、彼が三百八十八才の時だった。
彼は緑色のゲル状の液体が入ったビーカーを手渡して、それを飲めという。 わたしが躊躇していると、それは、『プリママテリア』だと翁は言った。 プリママテリアいうのは、錬金術における第一素材、つまり'るつぼ'の中で、最初に変容された物質である。 そんなものを飲んだらホムンクルスになってしまう。そう訴えると、翁は困った顔をした。
「よろしい、ホムンクルスになる可能性も認めよう」 パラケルスス翁は言った。 「それでも」と翁は続けた。「‥‥君は飲まなければならない」 「飲まなければ?」 わたしは尋ねた。 「飲まなければ‥‥」 翁はわたしをじっと見つめ、 「‥‥君は、三万年後、消える」 「消える?」 「そう、消える。君の輪廻も終わる代わりに、存在がなくなる。星屑にすらなれない。 でも、飲めば、君は、永遠の体を持つ。不死の体を‥‥」 「でも、ホムンクルスになるかもしれない」 「そう、ホムンクルスになるかもしれない」 わたしは、パラケルスス翁に青春を預けるつもりで、ビーカーの緑のものを飲んだ。 たちまち、体中の毛穴と言う毛穴から、ゲル状の何かが吹き出してきた。吐き気をもよおし、口からもどろりとした卵白のようなゲルが上がってきた。それを翁は、タオルで拭き取ってくれた。しかし、拭いても拭いても、やむことなく毛穴から何かが吹き出してくる。 不死の体を持ったのか、それともホムンクルスになってしまったのかが解ったのは、ゲル状のものをすべて吐き出した48時間後のことだった。 (完) [/h2vr]