ミケ的奇想 vol.1

2003年~2022年3月のアーカイブ

地上の生、地下の生

この前の記事で書いたお店では、スジャータ的十夢母茶(笑)との出会いのほかにも、もう一つ、特筆すべき素敵な出会いがあった。

それは、椅子に座った時に目に飛び込んできた蝶と蝉とトンボの3つの小さな絵画。(@私は最初、てっきりエッチング作品だと思っていたのだが、あとから聞くと、実は絵画ではなく写真を転写したものらしい。それにもビックリ)。 その中でも、なぜか蝉に心惹かれた。とても繊細で丁寧な作品で、儚い虫たちの生の一瞬がそこに浮かび上がっていた。

その作品を作った人は『具本昌(クー・ボン・チャン)』という韓国の写真家さん。カフェのオーナーさんがファンだとのことで、彼の作品集が壁にいくつか立てかけられていた。吸い寄せられるように一冊一冊丁寧に拝読させてもらった。

それから、改めて、もう一度『蝉』を見た。 なぜか涙が出てきそうになった。(たぶん、日帰り手術の影響でナチュラルロウ(笑)で、沈静的なものに関する感受性が高まっていたのではと思う) 今まで、蝉に関心を持ったことなどなかった。(ボンが生まれてからは、蝉取りしたり、抜け殻を集めたり、樹の根元に蝉の穴を発見してワイワイ言ったり…男の子がいるご家庭のあるある的思い出くらいは、あるにはある)

なのに、こみ上げてくるこの想い。涙をうっと堪えながら、また手に包んだ十夢母茶に視線を落とすと、カップの中で深紅の波が揺れ、そして、今、見たばかりの蝉と、彼の写真集にある多くの作品が放っているものが、一つの気づきとしてぶわっと胸に迫った。

(うまく伝えられるかわからないけれど、書いてみます。)

彼の写真集を見れば感じるが、その作品の多くは「生と死の間」を感じさせる。 たとえば、彼の父親の今際の際のお顔の写真がある。私も父が他界する瞬間に立ち合うことができたのでよくわかるが、「その」ご尊顔なのである。枯れ木に最後に残った葉っぱ一枚。それがはらりと落ちるのを、あとは待つだけの状態。しんと鎮まり返ったその沈黙。実際は一瞬なのに、永遠を感じさせるその瞬間が、見事に切り取られた一枚。

ああ、この「蝉」のことだと胸が熱くなった。 蝉が短命なのは、あまりにも知られたことではあるが、サナギから脱皮をした、生まれたばかりのその蝉は、その誕生の時点ですでに死を予感させる。 私は、はっと気づく。実は、私たち「ヒト」も同じではないか!と。

蝉のつかの間の地上での生は、永い地下での生の神秘に支えられている。地下において、彼らの命が、蝉という形を取るまでの変遷。それは神秘そのもの。土の下で、卵が孵化すること、幼虫がサナギになること、それは地上の蝉からは当然見えない。でも、それ、その神秘は、まちがいなく起こっている。

私たちの地上の生=母親の胎内に受肉し、苦痛とともに生まれてからの生涯=も、おそらく、私たちが知ることはない生の神秘を経て、表面化するのではないだろうか。地下での神秘が、蝉の生涯を裏付けているように、私たちヒトの「生」も、「死」に裏づけられたものではないか。 現在「死」と呼んでいるものは、実は「生の神秘」の一環で、私には、生命が激しく動き出す前の、生の沈潜の不可思議さを、紅黒いお茶が表しているように見えたのだった。

「死」の中に、新たな生がうごめいている──。

そのうごめき、その揺らぎ を、そこに見たような気がしたのだ。 ジュモンモのお茶に浮かぶ薬草の実をながめ、 (ちょうど、この小さな「実≒種」の中には、樹木に「なろうとする」生の神秘が詰まっている)と、私は心でつぶやいて胸がいっぱいになった。

ああ、伝わっているだろうか…。

蝉がつかの間の地上の生を、永い地下の生によって叶えるように、ヒトの地上の生も瞬く間で、たぶん「死」の期間の方がずっと永いような気がしてくる。 その永い「死」の期間、目に見えぬ多くの神秘によって、地上の「生」が準備されたのだと考える方が、自然に思える。だれにも証明できない、わかりえないことだけど。

「死は生の一環」なんていうと、この「生」をないがしろにしてもいいなんて思う人がいるとしたら、それは世にも短絡的な発想。 私たちは、ながーい「死」という形の「生」の下で、ものすごい変遷、変容、脱皮?(笑)を経て、ようやく地上の生に至れるのだと考えると、だからこそ、地上のこの「生」を大切にしたいと思えるのではないか。

 

この沈黙する蝉に、生死の儚さと神秘を映し出したクー・ボン・チャンさんは、ほんまにすごいわけで、さらに、そんな芸術的な空間をカフェとして作られたオーナーさんのセンスは感服のひとことであーる。

そもそも、あの空間自体が、ある意味「胎内」「死」「沈黙」を想起させられる場であって、「夜明け前」のような薄暗さ(≒ほの明るさ)で、生の神秘を感じさせてくれる、ある種のアミューズメントのようなカフェ と言えるのである。

……おお、この大絶賛。(笑) 

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