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念願の宇宙旅行を果たしたトミコさんが、夫シゲルさんの元に帰ってきた。 トミコさんと離れていたのは、たかだか10日くらいだったけれど、シゲルさんには一年にも二年にも感じられた。トミコさんとシゲルさんは、今までのように、また仲良く暮らし始めた。 トミコさんは、宇宙が大好きだったので、ときどき空を見上げては、ふぅっとため息をもらした。それを見ると、シゲルさんの胸はきゅんと疼いた。 トミコさんの異変に気づいたのはそれから二ヶ月経った頃だった。トミコさんの胸に顔をうずめていたシゲルさんが、トミコさんの鼓動が「カチカチ」と鳴っていることに気づいた。 「キミ、心臓の音が変わったね」 「だって宇宙に行っていたんだから、心臓の音くらいは変わるでしょう?」 トミコさんは、その他のことは相変わらず優しかったし、料理も上手かったし、ときどき怒ったし、何も変わらなかった。 だから、シゲルさんは、そんなものかな‥‥‥と思った。
トミコさんは妊娠していた。トミコさんのお腹は、みるみる大きくなって、50日目に産気づいた。シゲルさんは心配して、彼女を抱きしめると、やはりトミコさんの胸からは「カチカチ」という不思議な音がした。 このあとトミコさんは、自宅で元気な白い象の赤ちゃんを産むとすぐに死んでしまった。白い象の赤ちゃんの鼓動は「カチカチ」という音がした。その音を聴くと、シゲルさんはトミコさんの胸を思い出して泣いた。
「おまえの母さんは、宇宙が大好きで勇気があって、おまえと同じ『カチカチ』という心臓の音がしていたんだぞ」 と、シゲルさんは白い象に言って聞かせて育てた。 (完) [/h2vr]