ミケ的奇想 vol.1

2003年~2022年3月のアーカイブ

野性の勘

近江八幡『水郷めぐり』の手漕ぎ舟の船頭さんの話。 80分1ラウンド。この間、しゃべりっぱなし、漕ぎっぱなし、歌アリ冗談アリで笑わせてくれるお茶目な船頭さん。これがその日一日で6ラウンド。とても70のおじいちゃんには思えない。 まあ、そんなおじいちゃん船頭さんだが、葦原の間で、舟を漕ぐ手を一瞬止められて、こんなふうにおっしゃった。 「ああ、この辺で南風が吹いているってことは、明日は朝から雨ですなあ。みなさんは、ほんまに良い日に来られましたなあ。一年で一番良い日和かもしれませんなあ。日ごろの行いがよろしいんでしょうねえ。わっはっはっ…」     一般の天気予報では、翌日も快晴の知らせだった。 わたしらは「あのじーちゃん、何かテキトーなこと言うて喜ばせてくれやはるな」と言い合い、彼が話した内容より、おじいちゃんのサービス精神の方を讃えていた。     そして……(あなたの予想どおり) 翌日の天気は、朝から晩まで一日雨模様だった。 予感していたこととは言え、何だか感動した。 やはり、日々自然と共に暮らす事を生業にしている方は、とても健康で豊かな感性を持っておられること。そして、それをお客を喜ばせる表現としている話法。まさにプロ。 空から見た気圧配置より、土地と共に生きていることからくる勘の方が、より正確であったのだ。     20年ほど前、福井さんというお天気キャスターが、関西で活躍されていた。 お天気おじさんの草分けで、独特の語り口に親しみと人柄の良さを感じさせる、関西では有名なお天気キャスターだったので、覚えていらっしゃる方も多いだろう。その福井さんが、かつて母校で講演会に来られておっしゃっていたことを、ふと思い出した。 「ある日、天気図から、晴れやと予報したんでしゅが、ツバメがえらい下の方を飛んでおりまして、おかしいなあ~、(天気予報を)外したんかなあ~と思てましたら、やっぱりハズレたんでしゅよ」(笑) 確か、こんなふうにお話なさったような気がする。 現代の利器を駆使して予報しても、古来からの人間の知恵や勘には叶わない…と。     現実と似ているかもしれない。わたしたちは現実を俯瞰で見たがる。俯瞰で見ると、先を予測できるような気がするから。 でも、生きていることは、先でも後でも、上でも下でもなく、ここ。「ここ」だけ。ここにいれば、ツバメの低空飛行を目撃したりして、必要な予測をより正確に行える。そこには「あさって」の予測は含まれないかもしれないが、あさってのことまでは、今は知る必要のないこと。     上から見てわかった気になるより、地べたで生きて、降ってくるものをただ味わう…。 そんな「ふつう」で素朴な在り方に、近ごろはより心を惹かれる。 船頭さんにはなれなくても、「南風の匂い」や「ツバメの低空飛行」というシンボリズムを、上からではなく、あくまでも「ここ」で味わう探究家でありたいと思ったのだった。

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