3年くらい前やったかなぁ。
もう、心から思うことのためだけに生きようと、本当に決めて、表向きの(ライターの)仕事を、ほぼ受けなくなった。
半年後にはカードを作って、1年後には講座を開いて、1年半後には指南書の原稿を書いた。
今の私には、指南書を出版する、というプロジェクトが残っていて、これを完遂したら、私の方は、一応の「上がり」だと思っている。
そんな中だけど、ときどき「たろうさんをおろしたい」と強く感じる時があって、ちょっとお知らせをさせていただく。すると、需要と供給の法則で、詩歌を渡すべき人が来てくださる。だいたいお一人に1ヶ月近く掛かる。(現在は3ヶ月以上かかっている……ごめんなさいMさん;)
亀さん並みにゆるゆると歩いていると、つい、焦りが出てきてしまうので、そんな時は、あえて足をさらに止めて、イソップ童話の兎のように道半ばのくせに寝っころんだり(笑)、仙人のように長ーい深呼吸をして、私は、自分をずらさないようにだけ努める。
生み出しという大事な時期、大げさだが、私としては人生を賭した大きな仕事だと思っているので、だからこそ、ちょっとでもずれた状態で、これを渡したくない…という思いが強いのだと思う。
周囲から見たら、のらりくらりに見えているかもしれないけれど、そういうつもりではなく、大事なところを外したくないという一念だけなので、ご理解してもらえたらありがたい。
他を動かさないというのは、頭であれこれ考え始めるとすごく怖いこと。
特に、他人さんに誤解されることは堪える面が大きい。でも、ここまで岩のように動かない方を選択し続けていると、耐性が付いてくるようだ。
多少、何をどう思われても、「そっかぁ、知らはれへんだけやもんな」という相手への理解が生まれるし、良い意味の諦め感が身についている。
そんなとき、イワナガさんを想う。
大丈夫。日本女性には、あの方が付いていてくれるからと。
